早朝のくちなしの花の匂い!

日本民族は古来より日本の豊かな気候風土、四季、自然の繊細な移り行く時の流れの中に漆黒の闇に白々と山の端が浮かび上がる夜と朝との境目を(あかつき)と呼び、やがて(しののめ)(あけぼの)と続いていく。それを総称して《朝)という。かって、電灯のなかった時代、人が活動することができるのは明るい間だけでした。明るい間を精一杯積極的に活動するために、まだ薄暗い《かたわ。れ《彼は誰》時)に起き出して、すれ違う人の顔が見えなくなる時刻、(たそがれ(誰そ彼)時)活動した。古代においては、闇は人間の時間ではなく、神々の時間でした。神々はたそかれ時になると、人間と交代して活動を始めた。大晦日や祭りの前夜に、人間が夜遅くまで起きているのは、やってきた神々と交流するためでした。しかし、それは特別な日、神々と交流する祭りの日に限られたのです。普通の日の夜更かしは、神々の活動を妨げる不自然なこと、あってはならないこととされました。なるほどねえ!20年以上前から不眠症、十二指腸潰瘍、便秘になってしまいとんでもない日々を送っていました。ある時、ある人に出会い、その人に会いに一緒についていく事を繰り返していたらよく眠れるようになりみんな直ってしまいました。まだ少し便秘はある。でも6年近く早寝早起きをしています。繰り返しって大事ですね。鹿児島の有名な蔵元は4時に起きるそうです。息子さんは夜の8時半には寝ているそうです。だからあんな幻が生まれたのでしょう。森羅万象を体感しているのですね。季節は循環と再生を繰り返しいつも美しい、はっとする生命力を見せて励ましてくれる。紫陽花、葵、どくだみ。今、くちなしの花が咲き出しはじめ鼻を近づけると甘い匂いがする。
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# by takaomimasu | 2006-06-22 07:30

新宿風月堂

ジジイになると本当に昔の事が鮮明に思い出されてくる。その時は迷路の中を必死で駆け巡っているので先に何が待っているのか、目の前に写ることすら解からない。今、書きながらあの時の情景を空から見ながら書き始めている。大学3年生の俺は明治の日本憲法部にいた。なぜここにいるのかも判らず時間が来ると御茶ノ水から明大前の道場へ向かう生活。その頃、新宿に風月堂というヒッピーが多く来ている喫茶店があった。ベートーベンが流れている中で二階から学ランを着ている私が下の階の少し変わった人をたまに見ながらコーヒーを啜っていた。つまらないと言うか、全然興味がわかない授業にはしようがないから通っていた。映画は興味があって月に50本以上見たことちょくちょくあったかもしれない。何時も不思議なくらい危ない状態が訪れているのだけれどちょうどその時代は学生運動の最中でラッキーな事に試験がレポートになる事が多かった。これは凄く助かった。時代背景に助けられながらいつも生き延びてきている自分は自分で本当に良かったね!を思う。成績は可山有蔵だった。けれど体育が日本拳法で母校の為に3回優勝し準優勝1回しているのに良には驚いた。ふざけるな!をいいたいくらいだ。いまでも優が足りなかった事を残念に思っている。しかし3年生になって他学部を二つかえることが出来る。迷わず女性がいる文学部に決めた。ありました小説研究。私はドストエフスキーの悪霊を書きそれが優だったのはとっても嬉しい思い出です。明大前を歩いていると三島由紀夫が切腹したとアナウンスしている。どうせ死なない程度だろうと思っていた。ビックリ仰天、盾の会!その頃三島文学にはまってしまい、音楽とか仮面の告白とか何だか色々読んでいた。特に気に入ってしまったのが輪廻転生を描く春の雪、奔馬、暁の寺、天人ごすいだ。最後、本田が尼寺の聡子さんに会いに行く。本田が聡子に尋ねると確か私は仏門にいる身、わかりませんという。全てはその一言で霧の中に消えて行く。本当に人生はその様なものなんだろうな。一日一日を意切るしかない。その時の自分はおもわず奈良県か京都に向かってしまった。そして円照寺の山門の入り口に立ち門の中に入っていった事を覚えている。司馬量遼太郎を教えてくれた持田元気かなあ!竜馬が行く。国取り物語。義経、良かったねえ!庄司薫の白鳥の歌なんてきこえない。赤頭巾ちゃん気をつけて。大好きだった。ブルース、リーの燃えよドラゴンしびれた!
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# by takaomimasu | 2006-06-21 17:01

エメラルドグリーン、コバルトブルーの世界!平成18年6月20日(火)

真夏が近づいてくると想い出す。あの夏の事をそれは山形の父の親戚の鉄男が芸大を目指して上京し。南長崎の文明堂でバイトで知り合った大阪の人を連れてきた事から始まった。彼は鹿児島県は世論島の美しさを強烈に話してくれた。その頃は渥美清のフウテンの寅さんの全盛期だった。すぐその気になってしまうのは今も同じの自分はもうそのことだけで生きている状態になってしまい生まれてはじめての世論島に出発した。シーズンオフで人はいない時だった。静かな民宿のふくちゃん荘でとまりブラブラする中で絵描きさんと出会った。崩れたかやぶきの家で一人住んでいた。不思議な絵を描いていた。ちょうだいと言ってもらって帰ってきた。今でも持っている。絵描きさんは今でも与論島で住んでいる。琉球大学を卒業した娘さん、もう一人男の子がいる。博多の人と結婚しまぼろしの絵描きさんは福島生まれで世論島に住み着いた。変わった人がいっぱいいた。夏の間は世論に、大東島でさとうきび工場でバイトし北海道の礼文、利尻に渡り鳥のように行き来するバイク、大阪の南海荘に泊まりに来るシャーク。彼はスキュウバが大好き、茶花の坂を登っていくと左側に長屋があった。そこは毛を長くした人達が多く住んでいた。その頃はイージーライダアー、鴎のジョナソンなんかが流行っていた。ああ1御免!いつのまにか家を飛び出し世論島に次に行ってしまっていた。沖縄万博の前で沖縄で旅の途中で知り合った仲間と沖縄で建築現場でバイト那覇の民宿で過ごしたりし、福ちゃん荘でヘルパーショウちゃんやってみない!といわれ世論に戻っていく。世論には観光案内所がその頃なく船が来ると福ちゃん荘の旗をぶらさげ民宿に連れてくる客引きやった。夜は有泉で回し飲み。それがヨロン憲法です。いも貝で指輪をつくったりエメラルドグリーン、コバルトブルーの海、小さな島。関西の人達が多く来た。福井県の何回か来てくれた学生と久米島の彼の知っている民家に泊まり、吉永組で海湾工事のバイトをしていた。シーミーチャに黒砂糖をいれて日陰で飲むと旨かったねー!滅茶苦茶暑い日差し、木陰の涼しさは不思議!夜に京都のがんちゃんがモリと水中電灯を持って暗闇の海中に潜る。光の中だけが明るくあとはまっくら。リーフの外は深い深遠の世界。怖いねー!あれは遠い過去なのだろうか?ヨロン島にいったら流離いの絵描きさんによろしくいってきてくれ!
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# by takaomimasu | 2006-06-20 07:40

また行っちゃった!築地 平成18年6月19日《月)

梅雨から夏に向かう変わり目の時、居酒屋一年生と築地に向かった。元、酒問屋につとめていたので知り合いの酒屋さんから良い商品は集まる。しかしそんなにあまいもんじゃない。つまみ、料理ができない。そこで私は築地に彼を連れて行った。一軒一軒の店を目を光らせて歩いて行く。流石ここは日本全国ナンバー1の台所。一心太助のいた所。でっかくてコレが日本人なのというぐらいカッコいい男達が一杯いる。デートスポット、外人さんの観光になっている。みんな見ながら歩くとこれが結構いい運動になり買った荷物をぶら下げて歩くと鉄アレイをもってのトレイニングしているのと同じ状態。デブを直すのに最高!彼と一緒に行くのが楽しみです。場内には美味しい食べ物やさんも一杯。こんな映画のロケ地のような雰囲気のあるところないんじゃないの。築地にいくと醸し出されているなんともいえない雰囲気でやる気、元気が誰でも出てくる。みんなコレを見たら築地に彼女、奥さん、子供達を連れて行くといいよ!築地の人もあなた達を待ってます。解からないことがあったら教えます。そんなわけで真っ青になっていた居酒屋一年生は築地が好きになってしまい鼻歌なんか歌茶って俺の前を歩いて行く。コレで安心だね!築地には手を加えなくてもすっぴんの時代を超えて人々を喜ばしてきたその地方独特の味のする絶品が合った。
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# by takaomimasu | 2006-06-19 12:35

葵の花?

つーゆーなんだなあ!体の中からじわあっと熱くなってくる。外は雨がシトシト日曜日なのに不思議だ。真冬の朝の4時頃、天空に輝きを放つ一番星をみつめ歩いていると爪先の芯までジーンとしびれてくる。おもわずみみたぶに指をもっていく。吐く息も白い。自転車で坂を突っ走ると体全体、手が痛い冷たさ。小雪が降ってきた。赤羽台の梅公園に赤い梅が咲き、白いのが遅れて咲いた。そんな梅も今では緑の葉を一面につけ、上のほうに少し黄色くなった大き実がぶらさがってる。八重桜の木も染井吉野の木も葉っぱがすくすく雨を吸いながら育っていく。色々な紫陽花の花があっちこちに咲いている。葵の花コレもこの季節に趣を添えているね。源氏物語に出てくるのコレなのかな?青い三つの華で中に黄色いのがぽつぽつあるの。なんていう名前の花なんだろう。葉っぱに水晶をおもわせる水滴、いたるところについている。こんな綺麗な自然に抱かれていきているんだ。時々、酒蔵に行く旅をすると日本の国の美しさを感じるよ。今日は妻と三女は法事で千葉県は佐原に行った。小見川にも行くだろう。おじいさんは小見川小学校の校長先生で書道と剣道の先生だった。佐原の博子の母は白鳥石材さんの長女だった。皆色んなところから色々な所へ行くんだねー。長女と次女は俺の大好きな甲州屋さんを知っている酒蔵さんがホテルにワインの勉強で連れて行ってくれる。今日は一人で店番。ウチのオオムのタロウちゃんと店番です。酒屋って楽しいな。
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# by takaomimasu | 2006-06-18 13:58

 平成18年6月17日(土)    伝統の凄さ!

頭が悪いせいか伝統とか文化とか文明とかがはっきり説明しなさい。子供に解かり易くおしえてあげて!と言われても教えられない私です。はっきり詳しく分かる人がいたら教えてください。自分が学生時代、明大前のパチンコ屋でパチンコをしていた時、見たことのある学ランを着たでっかいのが話しかけてきた。ついて行くと日本拳法部という運動部だった。以前、空手をしていたので防具をつけさせられ、やってしまいかなり強烈な一発を食らってしまい少し安静にさせられ、このまんまではやめられなくなりその運動部にいることになってしまった。2年生からはいった。3年間で3回優勝、1回準優勝だった。豪快な先輩達でビックリしたまま時を過ごした。ある時、徳島にうちのキャプテンが行ったとき、試合は滅茶苦茶強いのだけれど酒をつがれては飲みおもいっきりどんぶりに吐いてしまった。それをみていた先輩が失礼しましたとゲロいっぱいのどんぶりをのみきってしまった。そんなのがいっぱいいるのが明大日本拳法部です。私は頭が悪いせいか大分送れて大学にはいった。けれどうれしさのあまりそこから歩いて家まで帰ってきた。走れ!歌謡曲。とか懐かしいな!ある愛知県の合宿の時、ヤッパリ頭が悪いのか同じぐらい浪人したのと飲みに行ってしまい皆が寝ている所に帰ってきた。静かにふとんにもぐると、ビックリギョウテン、飲みすぎのカレは大事なものを出し始め怒らせたら怖い奴めがけてしょんべんをおもいっきりしてしまった。あぜん呆然!凄いバカを超えたのにもであった。色々あった学生時代。練習終わった後の黙想の時の静けさ。風が汗でびっしょりの胴着の中をすーっと通り過ぎていく。懐かしいなあ!もう一度その場所に戻りたいなあ!わたしも色々、放浪生活が長かったので後輩の顔がわからない。けれど、全国制覇がここんとこずーとで電話がかかりようやっと子供が大きくなりいけるようになった。皆立派な人達が多く、ビックリします。私達を指導してくれた先輩が今も先頭に立っています。これが明大日本拳法部の強さなんだと今、頭が下がります。先輩方の愛情の深さ。母校、拳法を愛する先輩に育てられたんだなあ!これが伝統の強さですね!明大の拳法部は色男揃い!一度はおいで!
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# by takaomimasu | 2006-06-17 08:16

平成18年6月16日《金)  東十条 天麩羅あら川

10時ごろ八戸酒造さんの駒井秀介さん28才がわざわざ来てくれました。4日前行った新潟の蔵の長男さんと5年位前滝野川で一緒に勉強したそうです。蔵元が書いた小さな自然誌にこんな事が書かれていました。ここは、木々に包まれた集落、山を背に広がる田んぼ、遠く県境に関田の山々をはじめ妙高連山、北には米山が美しく見える村。四季折々の素晴らしさは絶品です。《開発)という私達人間の営みで、うっかり壊してしまいかねない《自然の宝庫)を子供たちに伝えたい   そんな想いから二年間に渡って、個々に、あるいは合同で、美守を中心に観察して歩きました。そこにはたくさんの生き物たちが、上手に暮らしていました。これは、その一部をまとめたものです。    まるで少年のように   6年前、先生方と美守の歩きながら、今まで《景色)として見ていた自然がとても多くの生き物達の《生活の場)だったことに、あらためて気づかされました。何よりも、その生き物を語る時の先生方の、少年や少女のような目の輝きにビックリ!計り知れない、この自然の不思議な魅力に引き込まれながら、ふとフアーブルやシートンを想い出しました。楽しみは尽きません。蔵は大地の守り神!大自然の化身!文化がとっても大事になってきた。世の中にはスゴイ人が沢山いて面白い!そんな人の傍にいると、とっても知らない事を知る。そんな人の所、十条の天麩羅あら川さんの所に若き陸奥八仙さんと行った。あら川さんはもうとっくに気に入り、すぐに八戸の蔵に行ってきた。十四代、東一、磯自慢、次から次へ利き酒をさせてくれる。本当にお酒をよくしり、好きだなあと感じる。お酒の私の先生です。親分肌のいい男、よっぱらって電車に乗り遅れ、次の日の仕事のためにタクシーで青森から飛ばしてきてその仕事を無事にすませた。本当に凄い親父さんだ!軍歌が大好き!只今、合気道に凝ってるみたい!お酒の周りには本当に面白い人がいっぱいいる。
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# by takaomimasu | 2006-06-16 16:26